プロフィール PROFILE

ごあいさつ GREETING

皆様からの真心のご支援に対し、心より御礼申し上げます。

初当選以来、皆様のご期待にお応えするため、大阪、そして豊中のために全力で働いて参りました。

公明党にとって、防災・減災対策は、社会の主要な課題であり、私自身も最優先で取り組むべき事業であると感じています。2011年に発生した東日本大震災後では、ふるさと岩手への復興支援を関西広域連合の中で大阪府が担当することになり、新たな繋がりが生まれ不思議な縁を感じました。

この間、府議会の中で、具体的に、災害時の対策や、復興復旧支援の備え、また、防災・減災の取り組みなど、様々に提案し、多くの事業を実現してまいりました。

しかし、昨年の大阪北部地震や西日本豪雨、さらに台風21号による被害や、本年の台風19号での被災を見るにつけ、この対策は更なる対策が必要であり、まだまだなすべきことが山積していると感じています。

今、大阪は、2025年の万国博覧会の開催や、2037年のリニア中央新幹線の開通など、発展・成長を期待される明るい話題も出ています。

今後も、引き続き大阪の更なる発展と安全安心のまちづくり、豊かでわくわくする大阪の構築に全力で取り組んでまいります。

今後とも、更なるご支援を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

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ヒューマンヒストリー HUMAN HISTORY

出身は岩手県北上市。2人兄弟の長男で父母、祖母との5人家族。岩手の豊かな大自然のもと、日々野原を駆け回りながら、のびのびと育ちました。

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高校は伝統の県立黒沢尻北高校。当時の岩手県内には、旧制中学からの進学校では当たり前でしたが、バンカラの伝統が残っており、まさに質実剛健を地で行く硬派な高校でした。

新入生歓迎行事の中で今も続いているようですが、バンカラ姿の応援団員が連日、授業前に応援歌練習を行います。応援歌の数も多く、この歌詞を毎日暗記してきての練習は、声が出ていないと厳しく指摘されます。1年生の最初から極度の緊張の毎日で、さすがに精神状態がおかしくなりかけます。しかし、この厳しい応援歌練習こそ、黒沢尻北高生へと脱皮する儀式でした。高校一年生の時、父が急に倒れ、42歳で亡くなりました。この時、親戚の方から、今の時代は、希望さえすれば、必ず進学できる。善幸は大学に行きなさい、と激励を受け、この時から毎日3時間睡眠、受験勉強漬けの日々を送りました。

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大学は、岩手大学農学部農芸化学科に進みました。

1、2年の時は、どっぷりとサークル活動に明け暮れたお陰で、単位が足りず、4年生で研究室に正式には入ることができませんでした。しかし、生化学教室の教授の寛大な計らいで、他の生徒と同じように研究室での研究を許され、四年間で無事卒業することができました。

大阪本社の外資系製薬会社に就職し、3ヶ月の大阪での新人研修の後、最初の赴任地は、山形県でした。

ここでの7年間の生活は、私の人生において重要な位置を占めることになります。

まず何より、営業という職種柄と会社の担当者が私を含めて2人だったことから、山形県全域を隈なく歩かせて頂きました。

山形は温泉郷も多く、それぞれに特徴を持つ温泉街が県内に数多くあり、日本の親会社の大日本製薬の担当者と、毎月会議と称しては温泉を泊まり歩きました。

酒田や鶴岡といったいわゆる沿岸部の庄内地方は、魚の美味しい地域ですが、米どころでもあります。美食漫画「美味しんぼ」に出てくる日本一美味しいお米は、庄内余目(あまるめ)産のササニシキとあります。必然的にお寿司も美味しいお店が沢山ありました。

また、ラーメンの美味しいお店も数多く、中には酒田の「ル・ポットフー」など、わざわざ東京からバスツアーが組まれるフランス料理の店もあります。意外に思われるかもしれませんが、山形は、美食の街です。それもそのはず、山形の人々の真面目な性格が、農産物や果物によく出ています。最初はとっつきにくく、なかなか心を開いてくれませんが、親しくなると、生涯にわたる深い絆が築かれるのも、情の厚い山形人の気質と思います。

とにかく、7年間の在住で、山形県を堪能しました。と同時に、縁あって、取引先の医薬品卸会社社員だった妻と結婚し、人生の節目も迎えることになりました。

こうした後、大阪本社へ、営業本部マーケティング部プロダクトマネジメント課で新製品のマーケティングを担当することになり、転勤して参りました。

大阪では、激動の人生でした。一年度には、新製品の販売が思うようにいかず、全国の営業本部が大リストラすることになります。

私も再び営業に戻り、大阪での慣れない関西弁での営業になかなか馴染めませんでした。そんな折り、縁あって退職し、某新聞社の販売店へと転職します。また、その10年後の平成19年に、豊中市選挙区から大阪府議会議員へと挑戦をする機会を得ました。

これまで、様々な経験をして参りましたが、議員という職業は、広範多岐にわたる幅広い知識が求められており、これまでの経験が全て活きる職業と感じています。また、これまで知らなかったことも沢山築かされることの毎日でもり、日々勉強をし続けなければならない仕事でもあります。1人の人に寄り添うためには、まさに議員の様々な力が試されています。日々精進し、多くの方のお役に立てるようこれからも尽力して参ります。

庶民の街「大阪」は、東北人の私の性格とはまったく真逆のように感じますが、過ごしやすく居心地が良く、壁をつくらず誰とでもすぐ溶け合う、飾らないところが大好きです。

これからも、この街の発展のために、全力で様々な課題に取り組んでまいりたいと思っています。

今後とも皆様からの貴重なご意見を頂きますことと、ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。

  • 略歴

    ● 学歴:県立黒沢尻北高校卒業、岩手大学農学部農芸化学科卒業

    ● 職歴:サール薬品(現ファイザー製薬)で、MR、マーケティングを経験

    ● 議員歴:平成19年4月 大阪府議会議員(豊中市選挙区)初当選(現在3期目)

    ● 議会:公明党大阪府議会議員団 副団長、府民文化常任委員会 委員、日ロ友好親善議員連盟 副会長、大阪府私立幼稚園復興議員連盟 副会長

    ● 党役職:大阪府本部 幹事長代行、豊中総支部 総支部長

    ● その他:大阪日口協会 理事、関西宮沢賢治の会 副会長、関西岩手県人会 常任幹事、関西山形県人会 幹事

  • プロフィール

    ● 名前:八重樫 善幸

    ● 生年月日:昭和39年3月9日

    ● 出身地:岩手県北上市出身

    ● 趣味:音楽鑑賞、ドライブ

    ● 好きな言葉:「何かを変えようと思えば、まず自らを変えなければならない」

    ● 尊敬する人:宮沢賢治、上杉鷹山

    ● 家族構成:妻 1男1女

  • 大阪府
  • 公明党
  • 公明党大阪府議会議員団